2015/10/11

『HHhH(プラハ、1942年)』/ローラン・ビネ

4488016553 HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ 高橋 啓
東京創元社  2013-06-28


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自分は本当に何も知らないのだなあと打ちひしがされた一冊です。

Himmlers Hirn heiβt Heydrich. タイトルの『HHhH』はこの文章の略で、意味は「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」。この小説は、ナチのユダヤ人大量虐殺の首謀者・責任者のハイドリヒを、ロンドンに亡命したチェコ政府が暗殺を企図した史実に基づいて描かれています。まずヒムラーもハイドリヒも知らなかったし、チェコ政府がロンドンに亡命したことも知らなかったし、ナチの重要人物を暗殺しようという計画とその実行も知らなかったし、リディツェも知りませんでした。『ソハの地下水道』を読んだときも思いましたが、ナチが猛威を振るっていたあの時代に、市民レベルで抵抗を続けていた事実が、ポーランドやチェコやハンガリーには存在するという事実が自分には理解を超えていて咀嚼することができないくらいです。ローラン・ビネは小説の終盤で、「こういう人たちにこそ敬意を払うべきだと一所懸命頑張りすぎた」と述懐します。ハイドリヒ暗殺計画である類人猿作戦の存在すら知らなかった私にとってはガブチークとクビシュが暗殺実行のために躍動する様とその胸の内模様はもちろん衝撃的過ぎてただただ茫然と読み進めるしかなかったのですが、そのガブチークとクビシュを支援する一般市民達が、一般市民であるが故に同じ一般市民である自分の胸にどうしようもないくらい深い深い釘を刺していきます。「お前ならどうするか?」という。

我々日本は、その暴力に対し、自分たちで抵抗することができなかった歴史を持っている国です。その事実を小説として、もしくはドキュメントとしてでも、あるいはニュースの中ででも描くときに、ビネのこの言葉は思い起こされるべきだと思います。

ありうるということと、まぎれもない事実であることは違う

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2015/01/01

『コンテキストの時代ーウェアラブルがもたらす次の10年』/ロバート・スコーブル シェル・イスラエル

4822250474 コンテキストの時代―ウェアラブルがもたらす次の10年
ロバート・スコーブル シェル・イスラエル 滑川 海彦
日経BP社  2014-09-20

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テクノロジーの進化がもたらす時代変化の予想はこれまで何冊も読んできたけれど、今回初めて「こうやって時代は作られていくんだなあ」というのを実感した一冊。こういった書籍は、予測と推測から導いた予想図を、予想ではなく確信として著されているのであって、その説得力が高ければ高いほど共鳴する人が多くなり、時代はその方向に進むということなのだと。株と似ている。

コンテキストの活用に、予想も含まれているのだろうか?「渋滞なし」というサジェスチョンをするコンテキストシステムは、それを見てそのルートを選択するユーザの増加も見越して「渋滞なし」なのだろうか?大量に集められたコンテキストデータは、それも含めてサジェスチョンするということなんだろうか?そこは少し理解しきれなかった。

ペイトリオッツの例は、結局のところ、富裕層にマーケティングが集中するということを言っているように聞こえた。フリーミアムと相まって、その収益構造でサービスが普及していくのは望ましいように思う。これは、どちらかと言うと行政に応用されないだろうか?富裕層に適切なサービスを提供することで上がる収益でもって、地域行政全体の財政の大半を賄う、というような。

個人の精神面を自動送信するのはもっと危険なことと取り上げてよかったと思う。落ち込んでいる状態を捉えられて、例えば宗教勧誘があったりした場合、どんな結果になるだろう?

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2013/12/31

『人びとのための資本主義』/ルイジ・ジンガレス

人びとのための資本主義―市場と自由を取り戻す
人びとのための資本主義―市場と自由を取り戻す ルイジ・ジンガレス 若田部 昌澄

エヌティティ出版  2013-07-26
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・アメリカは「縁故主義」(クローニー資本主義)が蔓延している。アメリカにおける縁故とはロビー活動である。ロビー活動に大金を使える、大企業を利する経済政策が行われている。
・これを正すにはクラスアクションをより簡便に、活発にする仕組みを組み込む必要がある。もう一つは企業のロビー活動に対する累進課税。
・租税裁定取引を避けるための方策は、個人所得税とキャピタルゲイン税を同等に取り扱うことだが、その際発生する問題は、法人税率の修正で解決できる(法人もキャピタルゲインを得る際には課税されている)。
・未払いの短期債務に1%の課税をすれば、上位9行だけで年額2150億ドルの税収が得られる。これは年収三万ドル以下の家庭6500万世帯からの総徴税額に等しい。

上記の趣旨とアイデアはよく理解できたし特に租税に関してはなるほどと納得したのだけれど、何とも違和感を覚えながら読んだのはアメリカの医療保険制度に対する批判の部分。

社会保障制度がネズミ講と批判されている部分、これは日本の年金制度と全く同じことだと思う。でもその後、医療保険に関して大きな欠陥があると批判している部分はうまく納得できなかった。アメリカは、保険が存在しないから、医療費が高額になるので風邪をひいても病院に行かない人が多いという話じゃなかったっけ?そして、医療保険の実質コストが支払人から隠されていると批判されているが、これは日本でも同じではないか?ということ。

後者はよく考えてみれば隠されているから高齢者がむやみやたらと通院するところから見てその通りなのかも知れないが、前者は正反対のことを言っていてそのままにはしておけない。

日本も会社員は企業の組合健康保険に加入していて、本人と企業が保険料を支払っている。じゃあその組合に国から保険料が支払われているか?というとNoだというのが私の知識。しかし調べてみると、国民健康保険に関しては国庫負担が30%~50%の幅で存在した。この国民健康保険への投入税金は、国民が広く分担していることになるので、会社員の我々にしてみれば、もし自社の健康保険組合が税金投入を受けていなければ、自分たちが便益を受けないサービスに対して負担を負っていることになる。これがフリーライダーの一種ということか。

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2013/09/23

『ヒプノタイジング・マリア』/リチャード・バック 天野惠梨香訳

4839701555 ヒプノタイジング・マリア
リチャード・バック 和田穹男
めるくまーる  2013-08-15

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 『かもめのジョナサン』のリチャード・バックの最新作、よしもとばななの推薦文、ということで飛びついて買ったのですが、読んでいる最中にあらましわかってしまうし、あまり高揚感なく読み終えてしまいました。一言で言うと、『ジ・アービンガー・インスティチュートの”箱”』の小説版、という感じです。

 「ヒプノタイジング」とは催眠術。自分の人生そのものも、催眠術に掛けられているようなもので、繰り返し繰り返しやってくる暗示を受け入れたり否定したりしながら生きている。だから、肯定的な暗示を選び、自分で肯定的な暗示を発し、否定的な暗示は捨て去るようにすれば、人生は肯定的なことばかり起きるようになる。この存在は「魂(スピリット)」なのだから、すべての制限は「思い込み」=否定的な暗示に自分を掛けているだけで、死んだとしてもそこで自分が終わるわけではない。それさえも否定的な暗示に過ぎない。

 という、唯心論的な教義を、読者の心になるべく効果的に嘘くさくなく落とし込めるように物語が描かれていますが、そうは言ってもどうしたって嘘くさいと思う。これは一種の「最善の事例」であって、これを読んで「よし、じゃあ私も今日から肯定的な暗示ばかりを選んでいこう」というふうに奮い立つ人は少ないと思うし、一方でジェイミーが体験した不思議な成り行きにココロ震わす人もいないと思う。この小説はストーリーを魅せるというよりも「経典」的な性格を強く負わせて書かれていると思うし、アメリカの小説にはこういう「経典」タイプがジャンルとして確立してるよなと思う。

 肯定的に考えるという姿勢自体は全然否定しないけれど、こういう講釈をつけられた上でその姿勢を取るのはなんか疲れてしまわないか?といつも思います。日本人はやっぱりそういう講釈の裏付けで動くのが苦手なのかも、と自分を振り返ってみて思ったり。

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2013/03/24

『サーバントリーダーシップ』/ロバート・K・グリーンリーフ

サーバントリーダーシップ
サーバントリーダーシップ ロバート・K・グリーンリーフ ラリー・C・スピアーズ

英治出版  2008-12-24
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 リーダーシップの源泉は、権力ではなくて、奉仕の精神にある。この考え方が、1977年に発表されていたことに驚くし、アメリカの分析研究の鋭さと言葉の積み重ねでの説得力の作り方に驚くし、この考え方に日本がほとんど影響を受けていないように見えるのにも驚く。外資系に勤めていて、この「サーバント・リーダーシップ」の考え方には共感できるし、実際に、勤務先で管理職についている人たちは、このサーバント・リーダーシップを実践している人が少なくない。奉仕というと違和感があるかも知れないけれど、どれくらいのことが実行可能な人なのか、ということがリーダーシップの源泉だと考えると違和感ないと思う。
 途中で「トラスティ」という存在の重要性が繰り返し語られるけれど、もちろん理解できるし理解できるまでに言葉が重ねられるんだけど、存在意義を訴えるだけでは浸透はしないという単純な事実を見る思いだった。

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2013/01/03

『ロスト・シティ・レディオ』/ダニエル・アラルコン

4105900935 ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)
ダニエル アラルコン Daniel Alarc´on
新潮社  2012-01-31

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 難しかった。段落が変わったら、いきなり時空が変わってて、そのことに数行、ひどいときには2,3ページ読まないと気づかなかったりで混乱しながら読んだせいもあってか、長く内戦の続いた架空の国家という舞台で、何を語ろうとしているのか、うまく掴めないまま読み終えてしまった。
 政府も、反政府組織も、結局は民衆のその時々思いつきのムードの産物で、民衆は自分達が生み出したムードから反撃され怯えて暮らしているのだ、という読み解きは思いつくけれどそれは設定から勝手に推測したような気がする。

 「世の中には、自分は誰かのものなんだって思っている人たちがいる」

 メモを取った箇所を読み返してみて、この一文が自分にとってハイライトだと思った。何かに捉われている自分。行方不明になっている自分。なくしたものを探しているようで、その時点で既に主体が自分ではなくなっている。『ロスト・シティ』は、つまりそういうことなのだと思う。

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2012/09/17

『ワーク・シフト-孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』/リンダ・グラットン

4833420163 ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
リンダ・グラットン 池村 千秋
プレジデント社  2012-07-28

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これは相当に難しい。2025年には、主に、テクノロジーの進展、富の集中化、富の集中化に付随する人の集中化の三点から、時間に追われる・孤独にさいなまれる・繁栄から締め出される、という3つの暗い類型が導かれる。そんな未来に陥らないために我々が今実行すべき3つの「シフト」が示されるが、これが相当に難しい。

示されていることは、総論で正しいと思う。実際に、行動に移せている人もたくさんいると思う。でも、自分のことになると、どこから手を付けていいのか分からない。そんな難しさ。この難しさとは2年前から付き合い始め、今、正に喫緊の課題になっているけれど、それでも手の付け方に逡巡するくらいに難しい。

実際に、行動に移せている人もたくさんいることは分かっているけれど、それでも「そう言われてもなあ」という気持ちが抜けないくらい、大上段で違う世界の話のようにしか受け止められない。それでも、今自分が勤めている会社は、制度的にはいろんなことがやりやすい会社ということを思い出してみようと思う。

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2011/04/23

『話の終わり』/リディア・デイヴィス

話の終わり
話の終わり リディア・デイヴィス 岸本 佐知子

作品社  2010-11-30
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『話の終わり』は、筋自体は非常にシンプルな小説。三十代半ばの女性が、アメリカ西部のとある大学に教師として赴任し、その大学の学生である12歳年下の男性と出会ったその日に恋人関係になる。その恋人と終わってしまった大学教師の女性が、その数か月の出来事を小説にしようとする。

この小説をビブリオバトル@奈良県立図書情報館で紹介しようと思ったのは(実際には参加者が定員集まったので、僕は裏方に回りました)、テーマが「次・NEXT」だったんですが、この小説は主人公の女性が、ひとつの恋愛の「話の終わり」を見つけることで、「次」に進む物語だから。「次」に進むためには、自分自身の手でひとつの「終わり」を書き綴らないといけない、そんな小説だったから。

僕たちは、自分自身の言葉は自分自身のもので、自由に話し書き表していると思っている。どのくらい自由かと言えば、福島第一原発問題で、「”想定外””想定外”なんて後から言うなんて信じられませんよねえー”想定外”なんてあったらいけないことなんですからー」なんて、反原発集会に参加した後、連れだってそう話すおばちゃんが、その一方で国民年金の第3号被保険者救済問題に関しては、「あんなん、お役所がゆってくれな気ぃつく訳ないやんねえ、私らのせいとちゃうわ、ややこしいからあかんねん」って言ってしまうくらい、自由だ。

ところが、言葉-言説は、全然自由でもなんでもなく、権力によって支配続けられているという考え方や、言葉-言説は、全然自由でもなんでもなく、オリジナルのものなど何一つ存在しない、という考え方がある。権力によって支配続けられているというのは、言葉は知識であり、知識の伝達には指令がついて回る。そして言葉を使うとき、僕たちはその権力に従っている。だから、言説をつくるということは、その権力を維持することに、僕たちから進んで加担しているだということになる。その権力は、何を表現するかだけではなく、何かを排除し、何かを抑圧することを内包している。だから、言説をつくるというのは、それだけで、排除と抑圧を行う権力をより強固にする参加者になっているのだと。正確ではないけれど、フーコーが「ディスクール」という言葉でこういうことを言っている。

もうひとつ、オリジナルのものなど何一つ存在しない、というのは、僕たちが言葉を使うときは必ず誰かから「学んだ」言葉であって、自分の中で生み出した言葉などない、ということは、その言葉から成り立つ言説も同じことが言え、どのような考え方も言説も、まったくのオリジナルなど存在しないということになる。僕たちが言葉を使ってやっているのは、誰かに「伝える」ということですらなく、誰かから受け取ったものを違う誰かに「パス」しているだけ。自分というフィルターを通して変容させている、というところに意味を付けるのさえ戸惑うくらい。これまた正確ではないけれど、デリダが「エクリチュール」という言葉あたりでこういうことを言っている。

そして『話の終わり』に話を戻すと、主人公の女性は、彼との経緯を、さまざまな手法で思い起こし、書き記そうと試みる。書き進めてはこれでよかったのか?という彼女自身が現れたりしながら、物語が進む。そして実際、彼女は、「ディスクール」で言われるところのように、自分の小説の執筆自体が、自分の意志とは無関係に、進む方向が決まっているかのような、まるで自分の使う言葉はある「権力」によって決められているような、何を捨てるか何を省略するかも決められているかのような、そんな述懐をする:

p221「じっさい小説は、当初思っていたのとは違ったものになりつつある。いったいこれを書くうえ で、私の意思はどれくらい反映されているのだろうか。最初のうちは、どんなことも一つひとつ自分で決定していかなければならないのだと思い、あまりにも決 めることが多そうで恐れをなしていた。ところが、いざいくつかの選択肢を試してみると、他ではどうしてもうまくいかず、けっきょく一つしか選択の余地がな かった。書きたいと思ったことが書かれたがっていなかったり、たった一つの書き方だけを要請してくることもたびたびあった。」

僕たちは何かを選び、何かを選ばず、そうして決めた事柄を自分の意志で発信していると思いこんでいる。けれど、実は言葉には権力が内包されていて、そんな<自由意志の取捨選択>は思い上がりだ。そして、そこにはオリジナリティはない。そこまで考えるともう救いようがない。

だけど、主人公は、記憶や、ノートや、メモや、さまざまなものを動員しながら、彼との経緯を書き記し、小説を編み上げていく。その中で、過ぎ去ったことだからどれが正確なことなのかはわからないし、正確に書く必要があるのかもわからないし、誰かにとってはまったく違う事柄として見えてしまうかもしれないし、という葛藤を繰り返して彼女が浮き彫りにするのは、今は不在の彼、彼の不在そのもの。何を書くか、何を書かないか、何をどう書くか書かないか、というひとつひとつの判断の積み重ねが、彼女を『話の終わり』に導いていく。つまり、僕たちにはやっぱり自分自身での取捨選択という行為は残され判断があって、その判断の積み重ねが「終わり」と「次」を導いてくれる。この取捨選択という行為の中に思い違いや誤りがあるなら、それこそがオリジナルだし意味を生み出す。そうして積み上げた自分だけの思い違い、自分だけの誤りの中に真実が立ち上り、「終わり」と「次」が見えてくる。

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2010/09/05

『アメリカの鱒釣り』/リチャード・ブローティガン

4102147020 アメリカの鱒釣り (新潮文庫)
リチャード ブローティガン Richard Brautigan
新潮社  2005-07

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 『考える人』の村上春樹ロングインタビューで出てきたので、とりあえず読んでみようと買ってみた。予備知識として「不思議な小説」ということは知っていたので、それは頭に置いて読んでみたんだけど、そういうのは慣れてるつもりだったんだけど、最初の10篇くらいは正直言って全然ついていけなかった。「これ、このまま読んでて面白くなるのか?」とほんとに訝った。もちろん、いろんな人が面白いと言ってるし、傑作だ傑作だと言われてるんだから面白いには違いないんだろうけど、どうしても糸口がつかめない、スイッチがはいらない…。

 その「スイッチ」は、どの章もこの章も「アメリカの鱒釣り」(という言葉)を芯に据えて展開してるんだ、というとこに気がついてするする解消されていったけれど、読み終えての感想は、「意味を完全になくすなんてできっこないよね」というもんだった。意味なんてどうでもいいみたいに言われるけど、「アメリカの鱒釣り」は、当たり前だけど意味を完全に消せてないし、何か予備知識がないと面白さがわからないところがいっぱいある。

 なんかこういうノリは確かに現代作品、とくにマンガとかアニメとかでたくさん見たことがある気がする。そのくだらなさの中に死や終焉を忍ばせる感受性、ということなのかもしれないけど、僕は生真面目に立ち向かうほうがやっぱり人生においてはサマになると思う。

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2010/03/06

『ローリングストーン日本版2009年12月号 誰も知らないB'z』

B002TRJBNE Rolling Stone ( ローリング・ストーン ) 日本版 2009年 12月号 [雑誌]
インターナショナル・ラグジュアリー・メディア  2009-11-10

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こんなの出てるって全く知らなくって、たまたま通りかかったブックファーストなんばウォーク店で見つけて即購入。12月号なんだけど。ドームでライブがあったから、それにあわせて表に出してあったのかな?細かい陳列による販促の好例(笑)。

一番印象に残ったのは、稲葉さんが結構、B'zがビッグバンドであることを率直に語ってるなってこと。松本さんは割と「売れてる」とかそういうことをはっきり口にするの見聞きしたことあるし、そういう人だしと思ってたんだけど、稲葉さんはあんまり「売れてる」ことに言及してなかったような。ところがこのインタビューでは、かなりはっきりとB'zはビッグバンドであると自覚してることが読み取れる。例えば、「いろんな邦楽アーティストが集まってもいいけど、じゃあ、誰がいるのかって。一緒にステージに立つアーティストの姿が想像できないというか」というところとか。「やるなら、海外からゲストを呼ぶしかないでしょ」という問いかけに、「なんかそっちのほうが、しっくりくるかもしれないですね」と答えてる。邦楽アーティストがスケールが小さいという訳じゃないけど、「国内だけでは対象が狭い」という点ではバンドのスケール感が大きいということを率直に述べてる。

実際B'zはそれくらい世界クラスのバンドに違いなくて、それに触れてる箇所も。インタビュアー(伊藤政則)が「(B'zは)ソングライティングにしてもプレイにしても、無意識のうちに世界基準というものができてくる。しかし、今のそのJポップっていわれている人たちは、別に世界基準という感覚はない。」「邦楽を聴いて邦楽をやりたいと思っているからね。」と語るのに対し、松本さんが「僕たちのスタート地点は憧れから始まっていますからね。」と答えている。

これはいつも考えるところで、僕はちょっと完全に頷けないところもあって。邦楽だけ聴いて邦楽だけ吸収して音楽をするというのは確かに知見が狭いし音楽性も狭くなるように思うけど、そもそも邦楽の守備範囲もかつての日本と段違いというのはあるかも知れない。日本の音楽マーケットも大きくなっていると思うし、B'zが登場した、「洋楽ロックを今より聴いていた」という時代以前に登場していたいわゆる「歌謡曲」でも、現代に生き残れるだけのオリジナリティを持っているものだってある。すべてはオリジナリティの問題?「世界基準」というのが規模を指しているとすれば、日本の音楽マーケットで通用している時点で今はある意味「世界基準」に届いているのかも知れないと思うし、逆に、日本ばかり見て活動するというのは、現代の若年世代の「内向き志向」と相通じるのかもと思うと、どんどん縮んでしまうようにも感じる。僕が高校生・大学生だった頃は、「なんだ何でもかんでも外国のものがいいようなこといって」という「舶来モノ至上主義」に反発があった。「なんで、外国のものだから無条件によくなるんだ?」という意識が、音楽だけでなく何もかもについて回った。それが、日本独自のものを伸ばす原動力だったようにも思うし、逆の意味での洋楽コンプレックスだったのかも知れないと思う。この辺はもはや主義主張の領域なのかも知れないな。

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2009/10/05

『LIVE ROCKS! Vol.02』

4401633342 LIVE ROCKS! Vol.02 (シンコー・ミュージック・ムック) (シンコー・ミュージックMOOK)
シンコーミュージック・エンタテイメント  2009-08-27

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 吉井和哉@大阪城ホールとthe pillows@zepp Osakaが載ってる!ということで本屋に行ってみたんだけど、パラパラっと捲ってみて、「これ買うか…?」と躊躇。コレクターなら当然購入、だけど、僕はもういい歳だから、それほどコレクションする熱もないし、ビジュアルものを集めて眺めるようなんじゃないし、レポートは見開き2ページで終わっちゃうないようで写真メインだし、「これは立ち読みでいいだろう」ということでさっと目を通して終えました。写真がほしい人にはいいと思います。 

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2008/05/11

『家庭の医学』/レベッカ ブラウン

4022643609 家庭の医学 (朝日文庫)
レベッカ ブラウン Rebecca Brown 柴田 元幸
朝日新聞社  2006-03

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 自分の母親が癌に冒されてから亡くなるまでを描いた一冊。こういうテーマは、死期を悟った老人が、取り乱したりせず力強く日々を過ごす、その覚悟の深さを歌うことが多いが、これは、もちろん著者の母親は実に深い覚悟を持っているのだけど、主軸は最後を看取る著者と家族の心情になっている。ここが、決定的に新しいと思う。単に、「近しい人が亡くなって悲しい」というだけの心情じゃないのだ。現代は昔と異なり「介護」がいかに当たり前のことになり、「介護」が文学になるかということを肌で実感できる。

 僕は自分の親を介護するとき、こんなふうに忍耐強く、心優しく介護することができるのだろうか?それには精神的なタフさも必要だし、慈愛の深さも必要だし、肉体の健康さも必要だ。正直言って僕にはそんな自信がないし、自分が死期を悟ったときにの覚悟にはもっと自信がない。けれど、この本を読むことで、いつまで経っても親に対しての態度や言葉を改められなかったのが、少しだけ変えられたような気がした。こういうのを少しずつなるべくたくさん積み重ねていくしかないのかもしれない。

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2007/06/21

『巨象も踊る』/ルイス・V・ガースナー

4532310237 巨象も踊る
ルイス・V・ガースナー 山岡 洋一 高遠 裕子
日本経済新聞社  2002-12-02

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p300 「大企業にとって、四半期ごとの業績にほとんど影響しないが長期的な成功に不可欠な点に十分な資源と関心を向けていくのがいかにむずかしいかを、あらためて痛感することになった。」(IBMの顧客満足度の問題に関して)

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2007/02/04

『エグザイルス』/ロバート・ハリス

4062564076 エグザイルス(放浪者たち)―すべての旅は自分へとつながっている
ロバート ハリス
講談社  2000-01

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 高校時代から海外をヒッチハイクし、東南アジアを放浪し、バリに1年、オーストラリアに16年滞在したりと、流浪の人生を歩んできた著者の自伝。

 僕はドラッグはおろか酒もタバコもやらないので、薬物で高揚感を得るのにとてつもなく大きな拒絶感を持っているしかなり否定的で、ましてドラッグなんて、やってはいけないもので何か掛替えのない経験を得るなんて卑怯だし「やったもん勝ち」じゃないかと常々思っていて、そういう類の人の話は大嫌いだった。若いうちにそういうのをやっておいたほうが、人間に幅が出るというのも感覚的にわかるんだけど、やっぱり「正直者が馬鹿を見る」みたいなのはどうしても許せなくて、そういう類の人の話は受け入れられなかった。
 ところが、…

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2006/09/18

『初秋』/ロバート・B・パーカー

4150756562 初秋
ロバート・B. パーカー 菊池 光
早川書房  1988-04

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 正直に言って、先に読んだ『長いお別れ』と較べると、全体的に軽い印象。ハードボイルドはミステリーじゃないのかも知れないけど、それにしてもスペンサーは探偵なのに、『初秋』では解明すべき大した謎もない。それにスペンサー自身が、とてもよく喋るし、体鍛えてるし、あからさまにハードボイルド・ヒーロー。マーロウのような渋さは感じられない。
 けれど、スペンサーは、マーロウに引けを取らないくらいにタフだ。依頼されてもいない少年の鍛錬を自ら始めてしまうのはタフの証。…

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2006/08/26

『長いお別れ』/レイモンド・チャンドラー

4150704511 長いお別れ
レイモンド・チャンドラー
早川書房  1976-04

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 本当に何も言うことがない。とにかく読んでほしい。僕は、この年で初めて読んだことを、今まで読んでなかったことを後悔しています。この作品に関してあれこれ書くのはそれこそ野暮だと思う。やはり不朽の名作は不朽の名作。間違いなくお勧め。
 ・・・

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2006/05/04

『Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~』/田口元

Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~ Life Hacks PRESS ~デジタル世代の「カイゼン」術~
田口 元 安藤 幸央 平林 純


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 ”シンプル&ストレスフリーの仕事術”と歌われていて、簡単に言うとTODOをいかに効果的に管理するかを中心に纏められている。これまで存在したTODO管理法は、ツールに頼っていたり煩雑だったりで実用的ではなかったのに対し、・・・

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2005/05/04

『ちょっとピンぼけ』(Robert Capa/文春文庫)

ちょっとピンぼけ
R.キャパ 川添 浩史 井上 清一

文藝春秋 1979-01
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 第二次大戦を撮ったハンガリー人カメラマン、ロバート・キャパの1942年からヨーロッパ戦争終焉までの活動手記。
 ロバート・キャパの名前はもちろん知っていた。そんなに写真を見たことはないけれど、名前を出してべた褒めすれば「判ってる」気分になれる、そんないわゆる「カリスマ」を持ってるカメラマンとして。
 でもキャパのことをどんなふうに知っているかなんて、この圧倒的な手記を読むにはどうでもいいことだった。僕が生まれて読んだ中で五本の指に入る素晴らしい本。
 まず何よりも驚くのは、全編を貫かれるユーモア。キャパ自身は、文中でイギリス人に「なんでもどんな状況でも乗り越えられるユーモアを発揮できる見上げた人種」と評しているが、彼自身も相当なものだ。ましてそれが苛烈なヨーロッパ戦争の只中に発揮されるのだ。戦争を知らない、そして全体主義国家・日本の軍隊像しか知らない僕が知っている戦争に機転や洒落などない。頭で想像を行き渡らせることと、実際にその状況下に身を置いている人間との彼我の差を、ここでもまたまざまざと思い知らされる。
 キャパに限らずとにかくみんなよく飲むし、女が好きでしょうがないという雰囲気が至るところで読み取れる。戦時中の手記なのにそんなことが読み取れるのだ。歴史モノがあまり好きではない僕はそんなに戦争を取り上げた本を読んだことはないけど、それにしても日本の戦争モノでこんなことが読み取れた本なんてなかった。戦争の悲惨・非道を伝えることはもちろん大事だが、一面的に過ぎることの恐さは忘れてしまうのだろうか?
 ほんとにキャパが人間くさくて撮ることに夢中で魅力的な男だというのが凄まじく伝わってくる。敵国籍でありながらカメラマンとして帯同していく、酷く困難な道程にしか思えないのに、キャパはその都度その都度現場で出会った人とコミュニケーション(しかも彼は英語を満足に話せる訳ではない!)し味方につけて、どんどん前に進んでいく。今の自分は何かにつけ便利な世の中に住んでいるのに、なんて逃げ腰に生きているのだろうと深く反省し、とにかく対話で前に進めるんだという気持ちを起こさせてくれる。
 戦争中の話ということで興味が沸き難いかも知れないけれど、この文春文庫以外にも新訳が出ているそうだし、読みやすくなっていると思うので是非読んでもらいたい一冊。

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『体の贈り物』(Rebecca Brown/マガジンハウス)

体の贈り物
レベッカ・ブラウン

マガジンハウス 2001-02
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 この小説がひとつのテーマに基づいた短編集ではなく、複数の章からなるひとつの小説だと気づいたのは後半を過ぎてからだった。登場人物のカタカナの名前が覚えきれず繋がりがわかっていなかったのが、ひとつの小説だと気づいたのはエイズ患者の登場によってだった。
 もしかしたら前半からエイズ患者だったのかも知れないが、とにかく主人公はホームケア・ワーカーとして末期患者の介護をしている。健康ではない、つまり老いではなく病によって死期が近付いている人の側にいることはどんな気分なのだろう。彼女達ホームケア・ワーカーは、そのためにありとあらゆることに気を配っている。残りの時間を快適に過ごしてもらうために。「快適」という言葉もそうだし、本人の希望を尊重するという姿勢もそうだ。
 しかし、どれだけ使命感をキープしようとしても、携わる人は皆必ず去っていく環境が、もろい神経をめくらないはずはない。そのためのワーカー団体の整理された組織体制にも触れられ、ホームワーカーの現実が丁寧に読み取れる。もちろん安い感傷もなければ、苦悩をそれこそドラマティックに引き伸ばすこともない。だからこそ死をまざまざと想像させられ、恐れを思い起こされ、そしてそれを乗り越えるための方策をこの小説は考えさせるのだ。
 もともとは、本当の意味での「死」、例えではなく本当に生命が終わるという意味での「死」、他と自の「死」について、どうしようもなく恐くなることが長年続いていて、一度きちんと考えてみたくて「死」に関わる本を選んでみたが、「携わる人は皆必ず去っていく環境」は、生命だけでなく職場にも当てはまる。特にこの不況下の現在と自分が属する業界は、誰も彼もが現状に不服を持ち更なる高給を勝ち取るために、別の会社に身を移そうとする。まずはこの仮想の「死」を乗り越えて自分を保たなければいけないし、周囲のこの自発的な「死」に振り回されている限り、何も克服することなどできない。
 見えない遠い、けれども今も着実に近付いている「死」を想像して恐れる以前に、この今も「死」は存在し、それとは気づかないまま恐れて振り回されている。この小説はホームケア・ワーカーという職業の毎日を具体的に触れているが故に、会社生活におけるそんな「死」にも気づかせてくれる。

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.『かもめのジョナサン』(Richad Bach/新潮文庫)

かもめのジョナサン
リチャード・バック 五木 寛之

新潮社 1977-05
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 Dragon Ashってこんなカンジだよな。ふとそう思った。
 前半と後半で全然違う。前半は洗練された寓話なのに、後半は妙に説教臭い精神論になる。1970年代、西海岸のヒッピーに回し読みされた後、突然爆発的に売れたというのも、なんとなく理解できる。規範を外れてる者達、 規範を外れた生活に真実を見出す者達が、結局は拠り所としてしまう焼き直された規範のバイブル。そんな感じがする。
 「正しく生きる」「よりよく生きる」そんな当たり前の古臭い規範を、 例えば「チャン」という中国人っぽい名前の老カモメが語る。その程度のことで、ヒッピーは受け入れてしまう。つまらない精神論なのに、そこに今まで見たことの真実があるような気になる。
 言ってしまえば、この物語の魅力は「孤高」ということに尽きる。「食うこと」にのみ捕らわれる「群れ」カモメと、「飛ぶこと」に拘り続ける「ジョナサン」。物語は終始、導くジョナサンが、「自分は特別ではない。」と群れに訴え続ける。群れはジョナサンを「神だ」「悪魔だ」と噂しあう。最後にはジョナサンの後継者が現れ、物語は終わる。
 「群れ」を低く身ながら、「群れ」そのものがひとつの「システム」として再生産され続ける、あくどい物語だ。「群れ」が皆「孤高」になることなど、はなから期待していない。そんな道筋もつけられていない。「群れ」は、ジョナサンに憧れて終わりだ。この物語が、1970年代のアメリカで大ヒットしたということは、人々はそんな世界を求めていたということだろうか?アメリカに遅れること何年かで同じ現象の起きる日本でも、そんな世界が来たのだろうか?「遂にオレたちの代弁者が現れたんだ」週刊漫画誌の読者欄にそんなふうに書かれていたDragon Ashが、この物語とシンクロしてしょうがない。

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